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札幌地方裁判所 昭和61年(ワ)1093号 判決 1987年12月17日

札幌中央区<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

廣川清英

東京都千代田区<以下省略>

被告

日本コープ株式会社

右代表者取締役

Y1

東京都杉並区<以下省略>

被告

Y1

東京都板橋区<以下省略>

被告

Y2

札幌市<以下省略>

被告

Y3

東京都杉並区<以下省略>

被告

Y4

被告ら訴訟代理人弁護士

池内精一

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告ら各自は、原告に対し、金一三二〇万円及びこれに対する被告Y1においては昭和六一年五月三一日から、その余の被告らにおいては同月三〇日から、各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は昭和六一年三月七日、海外商品市場における上場商品の売買取引の媒介、取次ぎ等を業とする株式会社(いわゆる海外商品取引業者)である被告日本コープ株式会社(以下「被告会社」という。)(その従業員である被告Y3及び同Y4)との間において、原告を委託者、被告会社を受託者とする海外先物取引基本契約を締結して、同月一〇日から同年四月一四日までの間に、数回にわたって、被告会社に対してニューヨーク・コーヒー・砂糖・ココア取引所(以下「ニューヨーク取引所」という。)におけるコーヒー豆(海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律施行令によって同法の適用を受けるものとされた商品)の先物取引の取次ぎを委託し、その委託保証金として同年三月一〇日、二四日及び二八日に各三〇〇万円、同月二〇日及び二一日に各一五〇万円を被告会社に預託した。

そして、被告会社から原告に送付された取引報告書によれば、原告と被告会社との取引内容は別表第一のとおりであるというのであり(これらの取引を以下「本件取引」という。)また、その差引損益残高勘定は別表第二のとおりであるというのである(ただし、本件取引のうち別表第一の番号2、4、5、6、及び8の各取引については、原告は被告会社にその取次の委託をしたことはない。)。

2  ところで、海外商品取引業者が、顧客の注文を取引所へは取り次がずに業者自らが相手方となって決済をするいわゆるのみ取引を行ったり、顧客の注文を取引所に取り次ぎはするものの、同時にこれと相対する注文を業者の自己玉として取引所に取り次ぐいわゆる向かい玉による取引を行った場合には、顧客の損(益)が必然的に業者の益(損)に連なることになって、両者の利益は必ず相反することになる。そして、業者は、情報量、資金力、組織力、相場の技術等における圧倒的に優位な地位を利用して、顧客を操り人形のように操縦し、業者に有利な取引を顧客に強要することによって、結局、顧客に委託手数料又は委託保証金名下に金銭を投入させ、最終的には業者の利得において顧客に損害を与えることになる。したがって、海外商品取引業者がこれらののみ取引又は向かい玉による取引を顧客に無断で行うことは、それ自体、善良なる管理者の注意をもって顧客のために受託事務を処理すべき海外商品取引業者の義務に背反するものである。

3  被告会社と原告との前記取引の当時において、被告Y1は被告会社の代表取締役、被告Y2は被告会社の取締役営業部長であったものであり、また、被告Y3及び同Y4は被告会社の従業員として原告との取引を直接担当してこれに従事していたものである。

そして、被告Y1、同Y2、同Y3及び同Y4は、一体となりいわば会社ぐるみで委託手数料又は委託保証金名下に顧客から金銭を騙取することを計画し、被告会社の営業として一般的に前項に記載したような営業方法によって営業を行っていたものであって、原告との取引においても、原告に無断でのみ取引又は向かい玉による取引を行い、執拗かつ長時間の勧誘、利益が生じることが確実であるとの断定的判断の提供等を繰り返し、原告の求めた仕切りの取次ぎを拒否し、原告に不本意な両建取引をさせ、あるいは無断売買をするなどして、結局、原告から委託保証金名下に前記の合計一二〇〇万円を騙取して原告に同額の損害を被らせたものである。

4  よって、原告は、民法七〇九条、七一九条及び七一五条の規定に基づき、不法行為による損害賠償として、被告ら各自に対して、前記損害金一二〇〇万円及び本訴の提起・追行のための弁護士費用一二〇万円の合計一三二〇万円並びにこれに対する最後の不法行為の日の後の日である請求の趣旨記載の日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実中、原告が本件取引のうち番号2、4、5、6及び8の各取引の取次ぎを被告会社に委託をしたことはないとの事実は否認し、その余の事実は認める。

2  同2の主張は、争う。

3  同3の事実中、前段の事実は認めるが、後段の事実は否認する。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実中、原告が本件取引のうち別表第一の番号2、4、5、6及び8の各取引の取次ぎを被告会社に委託をしたかどうかの点を除くその余の事実並びに請求原因3の前段の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告会社が顧客に無断でいわゆるのみ取引又は向かい玉による取引を行い、取引上の優位な地位を利用して顧客に不利な取引を強い、結局、顧客から委託手数料又は委託保証金名下に金銭を騙取しているのであって、原告との取引もその例にもれないと主張し、右のような取引方法によって取引をすること自体が被告らの不法行為を構成するとするものである。

そこで、先ず、被告会社が本件取引につきのみ取引を行ったとして被告らに不法行為責任があるとする原告の主張について検討すると、ここにいうのみ取引とは、海外商品取引業者が顧客から先物商品の売り又は買いの取次ぎの委託を受けたとき、これを取引所に取り次がないで、その委託にかかる商品について自己がその相手方となって売買を成立させることをいい、海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律一〇条五号の規定は、それが、取引所における公正な取引を阻害し、海外商品取引業者の営業を不健全なものとし、ひいては、顧客の利益を害することになるおそれがあることなどに鑑みて、海外商品取引業者がのみ取引を行うことを禁止している(なお、商品取引所法九三条参照)。

そして、のみ取引は、その取引価格が取引所において形成された価格と同一である限り、必ずしも直ちに顧客に経済的不利益をもたらすというものではないけれども、海外商品取引業者に先物取引の取次ぎを委託する顧客の意思は、組織的かつ定型的な先物取引の定期市場である取引所において取引をする意思でその取次ぎを委託することにあるのであって、取引所外において取引所の相場の変動に応じて差金を授受するというものではないことは明らかであるから、海外商品取引業者が、真実は顧客の注文を取引所に取り次ぐ意思がないにもかかわらず、これを秘して顧客から先物取引の取次ぎの委託及び委託保証金の交付を受け、取引所においてこれを執行しないで自己がその相手方となって売買を成立させて、いわゆるのみ取引を行ったときは、海外商品取引業者は、顧客を欺罔して委託保証金名下に金銭を騙取したものとして、不法行為による損害賠償義務を免れないものということができる。

これを本件についてみると、成立に争いのない甲第一号証の一ないし一六及び第三号証、被告会社代表者尋問の結果によって真正に成立したものと認める乙第一号証の一ないし九、被告会社代表者尋問の結果によって原本の存在及びその成立を認めることができる乙第二号証及び第三号証の各一ないし九、第四号証の一ないし一六並びに第五号証と被告会社代表者尋問の結果とを総合すると、被告会社は、本件取引のいずれについても、ブローカーである香港所在のゴールドストック・コモディティ(香港)・リミッテッド、カナダ国トロント市所在のゴールドストック・コモディティ・リミッテッド及び右同市所在のレフコ・フューチャー(カナダ)・リミッテッドを順次経由したうえ、ニューヨーク取引所の正会員であるニューヨーク市所在のレフコ・インコーポレーテッドにこれを取り次ぎ、ニューヨーク取引所において執行されたことを認めることができる。

もっとも、前掲甲第三号証及び被告会社代表者尋問の結果によれば、原告・被告会社間の海外先物取引基本契約について作成された契約書には、被告会社が顧客から委託を受けた取引を取り次ぐ取引所の正会員としては、いずれもニューヨーク取引所の正会員ではない右ゴールドストック・コモディティ(香港)・リミッテッド及びレフコ・フューチャー(カナダ)・リミッテッドが掲げられているにとどまり、右レフコ・インコーポレーテッドは含まれていないけれども、被告会社代表者尋問の結果によれば、右は被告会社がレフコ・フューチャー(カナダ)・リミッテッドとその関連会社であるレフコ・インコーポレーテッドとを取り違えた結果によるものであることが認められ、右事実をもって被告会社、前掲海外各ブローカー又はレフコ・インコーポレーテッドが本件取引をニューヨーク取引所で執行しないでのみ取引を行ったものであることの証左とすることはできない。

また、被告会社は、後に認定するとおり、原告との本件取引にかかる委託玉と同一商品、同一限月及び同一数量の反対売買の注文を自己玉として同時に建てたり仕切ったりして、いわゆる全量向かい玉の取引を行っているところ、前掲乙第二号証の一ないし九及び被告会社代表者尋問の結果によれば、これらの委託玉とそれに対応する自己玉とはいずれも同一価格で取引が成立していることが認められるけれども、これもニューヨーク取引所においてクロス・トレードが行われた結果であるか又はその他の事情によるものであると考えられるのであって、右の事実から直ちに本件取引が取引所外におけるのみ取引によって行われたものと即断することもできない。

したがって、被告会社(その代表者若しくは使者・代理人又はその共同行為者たるその余の被告ら)が本件取引につきのみ取引を行ったとは認められないことに帰するから、被告会社が本件取引につきのみ取引を行ったことを前提としたうえ、被告らに不法行為責任があるとする原告の前記主張は、その前提をかくものであって、失当である。

三  次に、被告会社が本件取引について向かい玉による取引を行ったとして被告らに不法行為責任があるとする原告の主張について検討すると、この向かい玉による取引とは、海外商品取引業者が顧客の注文を取引所に取り次ぐ一方で、同時にこの顧客の委託玉と同一商品、同一限月の相対する取引の注文を自己玉として建てたり仕切ったりするものであって、前掲乙第二号証の一ないし九及び被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社は、昭和六〇年一一月の設立以来、このような向かい玉による取引を行うのを通常の例として、原告との本件取引についても、すべて委託玉と同一商品、同一限月及び同一数量の反対売買の注文を自己玉として同時に建てたり仕切ったりして、いわゆる全量向かい玉の取引を行っており、しかも、これらの委託玉とそれに対応する自己玉とはいずれも同一価格で取引が成立していることが認められる。

そして、向かい玉による取引、とりわけ全量向かい玉の取引においては、相場の変動があって顧客の未決済取引に評価損(益)が生じたとき、これと裏腹の関係にある業者の未決済取引には同一の額の評価益(損)が生じることになるのであるから、その意味では、両者の利益は必ず相反することになるということができる。したがって、業者が向かい玉による取引を行うことは、顧客の利益を害し、善良なる管理者の注意をもって顧客のために受託事務を処理すべき海外商品取引業者の義務に背反するものであるかのようにみえる。

しかしながら、このような場合において、いかに情報量、資金力、組織力、相場の技術等において優位な立場にあるとはいえ、一海外商品取引業者が自己に有利に展開するように相場の変動を招来させ得るものではないのはもとより、的確に相場の変動を予測することさえ困難なことは周知のとおりであって、商品先物取引は、業者にとっても顧客にとっても、あらゆる価格変動を見通した上でその変動による差金を利得することを目的とする経済行為という意味での本来的な投機の域を超え、偶然性に賭するものとしての色彩を拭いきれないというのが、古来の常識的な判断であるといってよい。そうすると、業者が顧客に無断で向かい玉を建てたからといって、そのこと自体によっては、顧客としてなんら不利益な立場に立たされる訳でもなければ、その判断に制約が生じるものでもなく、自己責任の原則に則り自らの判断で行動することが可能であるはずであるし、そのようにすべきものである。したがって海外商品取引業者が顧客に無断で向かい玉による取引を行うこと自体が受託者の注意義務に違背し、顧客に対する不法行為を構成するものとする原告の主張は、採用することができない(因に、商品取引所法九四条四号、同法施行規則七条の三第二号も、顧客の保護を図るというよりは商品取引員の経営の安定を図るという趣旨から、もっぱら投機的利益の追及を目的として過大な向かい玉による取引をすることを禁じているにとどまる。)。

四  もっとも、向かい玉による取引においては、先にみたとおり、相場の変動によって顧客の未決済取引に評価損(益)が生じたときには海外商品取引業者には評価益(損)が生じているという関係にあるのであるから、業者は、自己玉に生じている評価益の実現をはかるため、顧客に対して虚偽の事実を告げたり、相場の変動等について断定的な判断を提供し、その他顧客の自由な判断に不当に干渉して、委託玉についての処分をさせるなどの行為をしてはならないことはもとより当然であって、そのような場合には、業者の所為が不法行為を構成することはいうまでもない。そして、業者の所為が不法行為を構成するものであるかどうかは、業者が情報量、資金力、組織力、相場の技術等において優位な立場にあることを考慮すべきであると共に、顧客としても、商品先物取引が偶然性に賭するという要素を完全には払拭できないものであって、業者の相場観さえ信頼するに足りるものではないと考えるのが世間的な常識であることを念頭において、自己責任の原則に則って行動すべきものであること(業者の言を信用したということが本来弁疎となり得ないものであること)に照らして判断すべきところである。

これを本件についてみると、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件取引当時は約七〇歳の男性であって、昭和五九年頃までサラリーマンとして稼動していたものであり、かねてからテレビ等の報道によって商品先物取引が危険なものであることを了知していたものであること、原告は、昭和六一年三月頃、被告Y3及び同Y4の来訪を受け、ブラジルにおける飢饉のためにコーヒー豆の相場が高騰するとの説明を受けて、これをそのまま信用した訳ではなかったが、結局、被告会社との取引を開始することにしたこと、そして、その後、相場は期待に反して下落したが、原告は被告Y3又は同Y4の勧めに応じ、また、既に被った損失を回復したいとの考えから、そのまま取引を継続したことの各事実を認めることができる。そのほか、原告は、不本意ながら被告会社の従業員の勧めに応じて取引をしたとか、被告会社の従業員が原告に無断で取引を行い、原告の求めた仕切りを拒絶したなどと供述するけれども、これらの供述は、必ずしも十分な具体性のあるものではないし、そのような場面において原告が被告会社の従業員に対して確固とした意思表示をしたことを窺わせる証拠もない。

以上の事実によれば、被告会社の従業員の右のような一連の所為は、未だ原告の自由な判断に不当に干渉するものであるとか、取引通念上許容される範囲を越えた違法又は不当な商品先物取引の勧誘に当たるものとはいえず、結局、右のような観点からしても、被告会社(その代表者若しくは使者・代理人又はその共同行為者たるその余の被告ら)の所為は不法行為を構成するものとすることはできない。

五  そうすると、原告らに対する本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

<以下省略>

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